zuccotto(ズコット)
丸いドーム型のセミフレッド(半ば凍った)ケーキ。
【聖職者の頭巾】または【ズッカ(蔑称・空っぽ頭)】
最近、上忍に絡まれる。
「イールカせんせっ」
「わぁ!!」
アカデミー廊下に歩いていると、ブランッと上から上忍が逆さで垂れ下がった。
平和な里内にいると言っても、最低限の警戒は常にしているのに気配が全くしなかった。
さすが里屈指のエリート。
気配の消し方もエリートだ。
ニコニコと何か期待した目がこちらを見ている。
そんなにドッキリが成功して嬉しいのか?子どもか。
「・・・はたけ上忍。なにかご用ですか?」
一応作り笑顔をして言うと、途端ブスッと不機嫌になった。
「・・・つまんない反応」
ストンと綺麗に着地し、ため息をつきながら去っていった。
ため息をつきたいのはこっちだ。
なんの因縁かマイブームか知らないが、最近やたら絡まれるようになった。
ただすることは地味で小さい。
座りかけたイスを引いたり、歩いているときに膝かっくんしたり、お茶を口に含んだ瞬間変な顔して現れてお茶を吹き出させたり。
地味で小さいことだが、一々ムカつく。
そしてなにか期待するようなきらきらした目でこっちを見て、答えた瞬間ブスッと不機嫌になる。
(何かしてほしいことがあるのか・・・?)
まるで子どもみたいな態度に薄々とそう感じてきた。
あれは構って欲しい子どもや何かして欲しい子どもが、それを上手く言えずに態度に出てしまうのに似ていた。
だが、いい年した地位ある上忍様が何を望んでいるか分からない。
(あーもー面倒くさいなぁー)
はぁとため息をついた。
次の日フッと頭に風が当たったかと思うと、結んでいた髪がほどけた。
「――はたけ上忍っ!!」
「なにこれ輪ゴム?こんなので髪結んでるの?」
指でくるくると輪ゴムを回しながら、貧乏くさーっと嫌みな顔で笑った。
「さっき丁度切れたんですよ!!いいじゃないですか!」
指から輪ゴムを奪うとさっさと結んだ。
「あんまり同じ髪型してると禿げるよ」
ニヤニヤと笑いながら髪を見ている。確かに毎日引っ張るから危ないかもしれない。
言い返せないのでムッとしながら横を通り過ぎた。
「せんせー」
のんきな声がするが無視だ、無視。
俺はこれから授業なのに、わざわざこんなところまでくるなんて本当暇な人だ。
ズンズンと歩いていると、クスクスと小さな笑い声がした。
「「わっ!!」」
廊下の柱の影から生徒が二人飛び出た。
「わぁ、吃驚した」
そのままぎゅうっと抱きしめた。
そういえばこの二人も驚かすのかブームらしくあっちこっちで隠れては驚かしているな。まぁこの二人のは悪意はなく可愛いものだが。
「先生びっくりしたー?」
「びっくりしたー?」
「あぁ。全然わからなかったぞ。気配を消すのが上手くなったな」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。嬉しそうに撫でられる顔も最高に可愛い。
「だが、もうすぐ授業が始まるぞ。早くクラスに戻れ」
「はーい」
「はーい」
くすくすと嬉しそうに去っていくのを微笑みながら見送る。
「何あれ」
背後から低い声がして振り返ると上忍が睨みながらこちらを見ていた。
この顔はヤバい。
怒っている顔だ。
(なななな、何に怒るんだよ!?)
「なななんですか」
「オレとは全く違う反応じゃん。なんで同じことしてるのにあっちはよくてオレはダメなわけ?」
「・・・・・・はぁ?」
意味が一つとして理解できなかった。
「あんたって本当生徒だけには優しいよね!驚かしても抱きしめて頭なんか撫でちゃって!オレにはウジ虫みるような目で見るくせに!なにが違うの!?あんな古典的な驚かせ方がいいいわけ?オレの方がもっと高度で綺麗に驚かせるのに」
バカバカしくて反応もできなかった。
(この人本当は馬鹿なんじゃないのか)
つまり子ども同様に抱きしめて頭を撫でて欲しかったというのか?そんなことして欲しくて子どもみたいに驚かせていたのか。
がっと首元を掴む。
「っ、せんせ」
そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でてやった。
銀色の髪はこんなところまで美しく滑らかな指通りだった。どこまでも嫌みな奴だ。
箒のように斜めになっていた髪は見事にぐしゃぐしゃになった。
「あはは。ざまーみろ」
そんなに子ども扱いしてほしいならいくらでもやってやるよ。
いたずらに成功したような爽快な気分になった。
こんな子どもっぽい人見たことない。
真っ赤な顔した上忍がこちらを見ていた。
(あ、やばいかも・・・)
ちょっとやり過ぎた。
いくら子どもっぽいからといって上忍相手にしていいこととしてはいけないことがある。
「あ、ははー。で、では俺は授業がありますから」
半ば逃げるように教室に走った。
ドンドンと戸をたたく音がした。
起きている時間だが人として用事がない時に訪ねてはいけない朝の一番忙しい時間に訪ねてくるなんて、緊急の仕事以外に来るような非常識な人は自分の知り合いにはいないと思ったが、開けた瞬間そう言えば非常識の塊のような人がいたなぁと納得した。
「どうされましたか、はたけ上忍」
「ちっ、寝間着じゃないか」
ボソッと呟いた。
なんだよ、俺は早起きなんだよ。
支給服を着ている俺をみてあからさまにがっかりされた。
「・・・なんで髪結んでないの?」
「あぁ。はたけ上忍に言われたので、少しイメチェンしてみようかと思いまして」
別に髪を結ぶのは鬱陶しくないためだけなので、ほどいても特に支障はでないし。そろそろ切るべきかもしれない。
「はぁああ!?あんたそんな髪で行くつもりなの?何?犯されたいわけ?そうやって色気だしてどうするつもりなの!?」
「なに気持ち悪いこと言ってるんですか。髪ほどいただけじゃないですか」
「それが卑猥だって言ってるんじゃない!あんた本気で分かんないの?この鈍感!!あぁもういい、じゃあ上忍命令!二度と髪を下ろして出勤するな。というか家の中以外するな!!」
顔を真っ赤にして言われて戸惑う。
なんでそんなことで怒られないといけないのか理解に苦しむ。まぁこの人の考えなんて一つも理解できないけど。
「はぁ、まぁどうでもいいですけど。それより何か用ですか」
ハッと気がついて、ギロっと睨まれた。
「・・・あんた昨日あんなことしてただですむと思ってるの?」
あ。やばい。すっかり忘れていた。
「まぁ本来なら色々お咎めがあるけど、オレは寛大だから同じことさせてくれれば、許してあげる」
偉そうに言われてかちんとくるが、そんなことでチャラになるなら安いモノだ。
「では、まぁ」
大人しく頭をさげるとごくっと生唾を飲んだ音がした。
(早くしてくれないかなぁ・・・)
これからまた髪をとかしてくくらないといけないのだから忙しいのに。
だが、ぐしゃぐしゃにされるかと思っていたのに、ふれた指は優しくかみをとかした。
(え・・・?)
優しく、まるで壊れ物に触れるかのように触れるといつの間にか髪が結われたいた。
「あ、あの・・・」
いつも落ちてくる髪もなく綺麗に結われていた。
「それじゃあ」
不思議に思い、髪を触っていると、そそくさと去っていった。
「何なんだ・・・?」
やっぱりよく分からない人だ。
夕方のチャイムが鳴り、気がつけばもういい時間だと気がついた。今日は思ったより捗った。これはひとえにあの上忍が邪魔しなかったおかげだろう。
(今日は珍しく来なかったなぁ)
変なブームが去ってくれたことを祈りたい。
「あれ?イルカ先生、素敵な髪留めされていますね」
同僚に声をかけられて顔をあげる。
そう言えば髪を結ってくれたのは分かったが、髪留めはどこから出したのか気がつかなかった。てっきり輪ゴムか何かだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「えっと、そうですか・・・?」
自分では見れず曖昧に答える。
「これ、他国で有名な物じゃないですか?」
「へ?」
「あー知ってる。一つ一つ手作りで同じ物は一つもないっていう物ですよね。わー綺麗な藍色ですねぇ」
触れてみると確かにひもを編んだような感触がある。
(なんでそんなものくれたんだ?手近にあったのか?)
全くもって意味が分からない。ここ数日は特に意味が分からない。
「きっとイルカ先生に合わせて作られた物なんですね」
(おおよそどっかの女にあげるために作ったんだろうけど渡せなくてこっちに回したんだろうな)
それでも、何となく悪い気はしなかった。
どんな色か確かめたくて、その日はさっさと帰った。
世界に一つしかないと言われたその髪留めは深い深い海の色のようで。
くれた相手の片目の色のようだった。
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