tiramisu(ティラミス)
深い苦みと優しい酸味に包み込まれた香り高いドルチェ
【私を引っ張り上げて】または【私を元気づけて】
恋に落ちる瞬間は一瞬だ。
目があった瞬間、頭が空っぽになり、その空いたところ全てにその人でいっぱいになる。
その瞬間を幾度となく見てきた。
自分ではなく、他人が恋に落ちる瞬間だ。
そう、それはまさしく今のように。
顔を真っ赤に染めた彼女を見て、これで何度目になるだろうその光景にため息が出た。
何となく、いいなぁと思っていた。相手も、それとなく意識をしてくれていると思っていたのに。
一瞬にして別の人に奪われた。
「あ、あの・・・・・・っ」
一生懸命顔を赤くしながらも話しかける女性に、男は嫌みなほどきれいな顔を惜しげもなく披露する。
(最悪だ・・・)
見慣れた光景のはずなのに、脱力せずにはいれられなかった。
「これで何度目だよ、本当に分かってやっているんじゃないかって思うよな!!」
「ドンマイドンマイ!まぁ、飲もうや」
わははと陽気な声が響く。
通い慣れた居酒屋で同僚と飲む酒は何となくもやもやした心を癒してくれる。
「しっかし、いつ見ても綺麗だよなぁ。はたけ上忍」
「本当。あれで里のエリートだろ。仕事もできて容姿も良くて、そりゃ俺が女だったら落ちるよ」
「そうそう。比べるほど無駄無駄」
慰めてくれる同僚の言葉に苦笑する。
はたけカカシ。
5歳で下忍、6歳で中忍、12歳で上忍となった天才忍者。
し甲斐ない一教員である俺とそんなエリートがなぜ知り合いかと言えば、ひとえに上忍師となった彼の部下になった子どもがきっかけである。
それなりに思い入れのある大事な生徒が心配で、何度か話をさせてもらっていたら、いつの間にかあちらから話しかけてくることが多くなった。そして気がついたら、暇なときは俺の傍にいるようになっていた。
あんた男の尻追っかける前にすることあるだろうとか。
だいたい生徒に関してはもう十分すぎるぐらい引継をして、もう話すことはないとか。
言いたいことは山のようにあるが、一番気になることは。
なぜか良い感じになりかけた女性を横取りするように現れることである。
「確かに付き合ってないし、告白もしてないけど、でもなんとなく良い雰囲気だっただろう」
「確かにくっつくのは時間の問題だと思ったんだけどなぁ。まぁ、あの美人さんみたら一発だろ」
「だったらせめて長続きしろよ!!」
そう。そうやって爽快に現れて人の心を掻っ攫うくせになぜか長続きしない。数日のうちに別れるのがもう常連化している。
「まぁ、世の中は容姿か権力か財力を持った奴には優しくできているからなぁ」
「その全部を持っている人なんか好き放題しても大丈夫なようにできているんだよ」
「くそっ」
あの身の程知らずと言いたげな嫌みな笑みを思い出す。
「でも、本当最近受付は勿論、よくアカデミーに来るようになったよな」
「そうそう。イルカめっちゃ懐かれてるじゃん。好かれてるんじゃねーの」
「んなわけないだろ。大凡馬鹿にして楽しんでるんだよ」
先生と優しく呼ばれたときを思い出す。
『イルカ先生はすごいですね。オレ世間知らずだから色んなこと教えてくださいね』
初めて会ったとき、嬉しそうに微笑みながら話をした。あの頃は確かに嬉しかった。上忍なのにそんな雰囲気を出さず、柔らかな物腰で話す彼に確かに尊敬した。
生徒の話から自身のプライベートの話をする頃にはすっかり気を許して砕けた口調になったにも関わらず彼は嬉しそうだった。彼も確かに友人だと認めてくれたのだと思った。
だが、いつの間にかそんな和やか雰囲気は一気に消えた。
『オレが女を横取りしたってこと?何?つきあってもないのにそんなこと言えるんだ』
ふーんと馬鹿にしている表情が目に浮かぶ。
最初の頃はそれでも時期が被っただけだと思った。その次は彼と好みが似ているのだと。ただそれが続いて、しかもすぐに別れると知ったとき悟ったのだ。
偶然ではなく、故意だと。
俺が落ち込む様子を見て楽しんでいるんだと。
「あーぁ。やっすい給料でも文句言わずに、容姿も気にしなくて毎日笑顔でむかえてくれる優しくて可愛い人いないかなぁ。俺すぐに嫁にするんだけどなぁ」
「そりゃ高望みしすぎだって」
わははと笑いが生まれる。
そうだよなぁ。そんな些細な夢が最も難しいことをだと悟った。もう独身でも良いかなぁと最近思ってきた。
仕事は充実しているし、子どもは可愛い。職場の雰囲気は悪くないし、友人も多い。もうそれだけで十分すぎると思う。
「何それ、ちっさ」
馬鹿にしたような声がひんやりと辺りに響いた。
一瞬にして周りが静まる。
「あんたそんなことで満足なんだ」
ハッと鼻で笑われた。
「・・・・・・はたけ上忍」
一番会いたくなかった人が目の前にいる。しかもなんだか機嫌が良くないみたいだ。
固まっている同僚をよそに、はぁとため息をついた。
「何か用ですか?」
「何?オレがここに来て食事しちゃいけないの?教員専用なわけ?」
ちげーよ。食事するだけならこっちにかまうなよとか、つーか、あんた今日は彼女引っ張ってどっか行ったじゃね-かとか言いたいところだが、相手は腐っても上忍。上下関係に厳しい忍びの世界にそんなこと許されない。怒りをぐっと押し込み作り笑顔を浮かべる。
「こちらに話をされたので用があるのかと思いまして。気分を害されたのならすみません」
「あっそ。あんたが馬鹿みたいなこと語っていたから、つい声に出して言っちゃったみたいだね。ごめーんね」
いちいちむかつく。あーぁ最初はこんな人じゃないと思っていたんだけどなぁ。何が気に入らないのだろう。
むっつりとしながら近づき、俺の腕を取った。
「は?」
「あんた失恋したから、慰めてあげようと思って」
優しいでしょ?と機嫌が悪かったのがどこへやら、にっこりと笑った。
いやいやいや。誰のせいで失恋したと思っているのだ。
「結構です」
「それじゃあ、この人もらっていくから。この人慰めてくれてありがと。ここの飲み代オレがもつから好きなだけ食べて」
ねっと強く押す。
「でも、今度から慰めなくても良いから。迷惑かけると嫌だし。こういう面倒くさい人オレに任せて」
「はぁ!?何言っているんですか」
文句を言う俺を気にせず、奥の個室に押しやった。同僚たちの哀れな目が一層惨めに感じた。
「いい加減にしてください、はたけ上忍!俺今プライベートなんです!」
「は?オレと付き合うのも別に仕事じゃないでしょ?」
仕事のようなモノだろと思ったが、そう言うとすごく怒るから言わない。この人怒ると恐いのだ。冗談ではなく。
前ムカついて2日ぐらい無視していたらすごい勢いで怒ってきたよな。あれは本当に恐かった。
「仕事じゃないからカカシさんって呼んでよ。前みたいにさ」
その言葉は過去に聞いたことがあった。
『先生とはプライベートでもお付き合いしたいです。どうか上忍としてではなくはたけカカシとして接していただけませんか?』
照れているように頬を染めながら言う彼に、なんだかドキドキとして「俺でよければ!」と叫んだ気がする。すると嬉しそうににっこりと笑われて・・・・・・。
人として好かれているのだと思った。少なくとも俺と同じ気持ちだと思った。立場も地位も関係なくやってくれる人だと思っていた。
それがこんな状況になるとは夢にも思わなかった。
「俺、はたけ上忍のこと友人とは思っていませんから」
「うん。オレも思ってないよ」
わざとそっけなく言った言葉だったが、言い返されて少なからずショックを受けた。やはり一教員の間に友情なんて生まれるはずなかったのだ。
失恋したことよりそのことの方がショックだったみたいで、鼻の奥がツンとした。
今日失恋したときでさえ、涙など感じず、ただ怒りがこみ上げただけなのに。
やばい、泣きそう。
「オレ高給取りだからやっすい給料でも文句言わないよ」
ニコニコと嬉しそうに言った。
「あんたの顔可愛いと思うし、毎日笑顔で迎える?やったことないけど、あんたが傍にいるならそれぐらいできるよ。オレ優しくするし、まぁ可愛くはなれないけど容姿は良い方だと思うし、お買い得だと思うなぁ」
「・・・何言っているんですか?」
「だーかーらー」
あぁもうと焦れたように頭をかいた。
「オレ結婚相手なら良いと思わない?」
「はぁまあそうですね」
確かに高給取りで美形で地位もあって、俺以外には優しい人らしいし。
「今なら大安売り中なんだけどな」
「そうですか。じゃあさっさと売れて俺の前から消えてください」
きっぱり答えると、はぁぁぁと大きなため息をつかれた。
「あんたって本当、意地が悪いよね」
それはこっちの台詞だ!!と叫びたかったが「ん」と俺の安い給料では買えないぐらい高い酒を注がれた。
次々と運ばれてくる食べ物は全て俺の好物だった。
「まぁいいよ。とりあえず慰めてあげる」
「はぁ、まぁそれなら遠慮なく」
奢ってくれるのならとりあえず甘えてみるか。原因はお前だしなと一人納得して食べまくる。
「イルカせんせ。そんなにガツガツ食べたら喉詰まるよ」
「大丈夫ですよ。それよりもカカシさん、次これ頼んでもいいですか?」
メニューを刺しながら顔をあげると真っ赤な顔をした彼が口元を抑えていた。
「?酔いましたか?」
「い、いや。何でもない。好きなの頼んで」
咳払いをしている彼を不思議に思いながらも懐の滅多に食べられない高級魚を注文した。
「んん!上手い。これ最高です!」
「そ」
上手いモノ食べながら、まぁいいかと思う。
なんだか、こういう日も悪くない。
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