目を開けると日が真上に来ていた。昼過ぎには報告があったので慌てて身支度をした。
どこで見られているか分からないので、指定の場所までナギの姿で、そしてそこからはイルカの姿に戻った。さすが綱手様の術だ。
そのまま報告に向かうと難しい顔をされた。
「なるほどね。どこに間者かいるか分からないから泉に言わなかったのは賢明だったな。その調子でお前の判断で動いていい」
「はい」
「それにしても毛髪か。分析班を呼ばないとな」
これで少しは進展してくれればいいが。
何にしても明日だなと思いつつ、頭を下げ、出ていこうとした。
「あぁ、イルカ。ここ三日は私の仕事としてるから受付とアカデミーは行かなくいいからな」
「あ、ありがとうございます」
「他のことはいいから、今は任務に集中してくれ」
「はい」
「期待してるぞ」
その言葉は重くのしかかったが、それが心地よかった。元々潜伏捜査は得意だった。パッとしない自身の能力の中で数少ない特技を、火影様から期待されていると思うと忍の性が唸る。
部屋を出ると緊張がとけたせいか、ぐぅと小さく腹が鳴った。そういえば急いでいてまだ何も食べていなかった。
夕刻まで休みになったのだ。せっかくなのでどこかで食べようと外に出ると後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにはカカシさんが立っていた。
「カカシ、さん・・・」
彼に外で声をかけられるなんて稀だった。思わず立ち止まり目を見開くと、彼はいつもと変わらない表情で近づいてきた。
「報告?」
「あ、はい。報告終わって昼でも食べに行こうかと」
「そ」
当然のように並ばれ、横を歩き出した。不思議に思い彼を凝視する。
「オレも昼まだたから」
つまり一緒に食べるというのか。
付き合ってから外で一緒に歩くことなんて滅多になく、飯など皆無だったのに。いつも俺の家で食べるばかりで、それだって滅多にない。
付き合う以前だって出会うことすら稀で、一緒に食事など両手で足りるほどだ。
何故今日に限って。
だけど疑惑より、喜びの方が大きく湧き上がってくる。
それはまるで、デートのようで。
普通の恋人のようだった。
隣を歩くだけで浮き足立つとはこういう事か。特に会話は無かったが、それでも嬉しかった。
連れられて来たのはよくある大衆食堂だった。
個室に入るとすぐに口布を下ろした。
「なに食べる?」
メニューを渡される。見なくても来たことがあるので知っていたが、今彼と目を合わせずらかった。
きっと丸分かりなぐらい顔が真っ赤だろう。そんな丸わかりで恥ずかしい顔など見せたくなかった。
注文をすると、お互い無言になる。外の雑音がどこか遠くに聞こえて、世界から隔離された気がした。
何か言わないとと焦れば焦るほど、昨日のことが思い浮かんだ。
昨日から3日間待機なこと。
遊郭に通い、昨日も女を抱いていること。
それを少しでも口に出せば、きっとこの関係は終わるだろう。鬱陶しいと顔を歪め、二度と俺の前には現れなくなる。そんな脆くて崩れやすい関係だ。
俺の口は動かなかった。
愛されてない。
それは嫌という程分かってるのに。
それでもまだ惨めに縋っていたいのかとどこか冷静に思う。そうならなんて愚かなのだ。
それでも、愛しているのだ。
「昨日」
カカシさんは外を見ながら話しかけた。
「え?」
何だろうと顔を上げると、彼冷ややかな目でチラリとこちらを見た。
冷たく静かに、何かを探っている目だ。
「夜、どこに行ってたの?」
そう言われてゾワッと鳥肌が立った。
(なんで・・・)
なんで、急にそんなこと言い出すのだろうか。
まさかバレたのか。あそこで女に化けて任務をしていたことを。
遠目から見ただけで・・・?
(そんな・・・)
そんなこと、ありえるのか。五代目直々の術をいとも簡単に見破れるのか。
それほどまでの実力者なのか。
それはとても大変なことだった。
小さなことでも情報が漏れれば命とりになる。特に身内はバレやすいので細心の注意が必要だった。もしバレた時は相手の記憶を弄らなければならない。
そんな基本的なことをミスするとは。
昔は身内などいなかったから特に苦労することなく熟していたが、恋人ができた途端このザマだ。身内がいなかったからこそ俺は今までやってこれたのか。それぐらいの実力だったのか。
ジワッと手に汗をかいた。
もし、バレていたら。
綱手様に報告しなければならない。そうすれはカカシさんの脳を弄らなければいけなくなる。それは二人の関係を暴露することになり、そうすれば彼との約束を反することになる。
『誰にもオレと付き合っていることを悟らせないで』
それは彼と交際する上で唯一交わした約束だったのに。
「あ、の・・・」
今からでも誤魔化せるだろうか。
相手は里の誉れだ。そう簡単にはいけないかもしれない。
だけど。
黙って俯く俺をどう思ったのか顎をとり、上を向かせた。
彼の顔はひどく冷淡なのに見下ろす目は鋭く射殺されそうだった。恐ろしくで思わず息を呑む。
「家、いなかったデショ?」
「い、え・・・?」
「今朝も居なかったし、任務で泊まりだったの?」
そう言われて、ようやく家にいなかった事だけを疑問に思っているのだと理解した。
勘ぐりすぎた。
焦っているなと心の中で苦笑し、ホッと小さく息を吐くと笑って見せた。
「そうなんですよ。ついでに書庫の整理をさせられて三日間ぐらいかかりそうなんです」
「ふぅん」
頷いたがどこか不服そうだった。
だけどそれ以上何も聞かなかった。
だが、何故そんなことを知っているのだろう。彼は昨日俺と同じくあの遊郭にいたはずだ。
ならば早朝にでも来たのだろうか。
そんなに朝早く用があったのだろうか。
「あ、の・・・。何かありましたか?」
そういうと眉を潜めて怪訝そうな顔をした。
「ナニソレ」
低い声にビクッとなる。
何か変なことを言ってしまっただろうか。だが、考えてみても思い浮かばなかった。
「いえ、あの」
「用がないと行っちゃいけないの?恋人なのに?」
さらっと言われて一瞬何言われたか分からなかった。
「え・・・」と声を出してしまったのは仕方ないだろう。だって今、確かに彼から恋人って・・・。
驚いて目を見開く俺に、益々不満顔になる。
「何その顔。オレたち付き合ってるデショ?」
なんてことないようにさらっと言う。
それは。
それは、俺が一番彼に聞きたかった言葉だった。
「お、れは・・・」
その言葉に、関係に縋り付きたいのは俺だ。彼にとってそれが俺とは違う意味でも、俺にとっては何よりも大事な。
大事な。
じわっと涙ぐんでしまった。
嬉しくてたまらない。どんな意図があろうが、彼は恋人と俺のことを認識してくれているのだ。
「そうだと、思っています」
一人相撲ではなかったのだ。あの言葉は、頷いてくれた事は、確かに彼の意思で、彼の想いだった。
泣きそうな顔で彼を見るとやはりどこか不服そうだった。
「人に悟らせないでって言ったけど、付き合わないとは言ってないし。変な気回さないで」
だったら。
だったら、その理由を教えて欲しい。
俺と付き合うのは人に言えないほど恥なのか。
隠さなきゃいけないほどの人間なのか。
付き合っているというのなら、なんで遊郭に行かなければならないのか。
なぜ、俺には指一本ですら触れないのか。
だけどそんなこと言えやしない。
言った途端待つのは破滅だ。
モヤモヤとしたものは残ったが、それでも彼の口から恋人と言われたことが何よりも体に響き頭いっぱいになる。
少なくとも俺が彼のことを好きなのは伝わっているのだ。それをわかった上で一緒にいてくれるのだ。
「・・・・・・ぃです」
嬉しいです。
小さく呟いた声はきっと届かなかっただろう。彼は何も言わなかった。だけどそれでも良かった。
そこへ料理が運ばれた。
彼は焼き魚定食で俺は唐揚げ定食だった。
彼はよく魚を食べているので魚好きなのかなぁとチラチラ見ながら食べてると、俺の唐揚げをジッと見ていた。
もしかして欲しいのだろうか。
いりますか?と声をかける前に「それ」と指さした。
「前から思ってたけど、肉食べすぎじゃない?家でもそうだし。美味いけど、栄養偏り過ぎ。昼の食堂でも唐揚げとかトンカツとかだし、一楽でも必ずチャーシュー大盛りにするし」
「え、あ、はぁ・・・」
「野菜は大事だよ。忍は体が基本だからちゃんと野菜食べないと」
そう言って自身の小鉢を俺の前に置いた。
「ナルトもそうだけど、本当似た師弟だねぇ。肉の倍は野菜食べないと。あと間食は22時以降は体に悪いから食べちゃダメ。分かった?」
「は、はい・・・」
頷くが、すぐには意味は分かっていなかった。
じわりじわりと後から実感する。
肉食べすぎだって。
まるで恋人というより口うるさい母親のようだった。
それが可笑しくて思わず吹き出す。
あの完璧な里の誉れが口うるさいは母親のようになるとは誰が予想できただろうか。
誰にも無関心で、誰も寄せ付けない彼が。
知らないだけで、本当はとても世話好きで、懐に入れた人は大切にするタイプなのかもしれない。
俺が、知らないだけで。
「何」
ジロッと睨まれて、慌てて真顔になる。
いえ、何もと答えると、唇を少し尖らせた。その姿はどこか子どもっぽくいつもと違って親しみやすかった。いつもある見えない壁が今日はなんだかないような気がした。
「俺、あのっ、カカシさんのことす、好きです・・・っ!」
思い余って勢いで言ってしまった言葉はなんだか陳腐で幼稚だ。それでも思い余って溢れでた言葉は口から出たものはもう引き返せない。
いくら個室だからと言って、こんなこと叫ぶなんて恥ずかしい。かぁぁっと顔が赤くなるのが分かった。
彼は吃驚したように小さく目を見開き、
眉間にシワをよせてギロッと睨んだ。
冷たい目だった。
「そういうの、やめて」
熱が一気に引いていくのが分かった。
大失態をしたのを理解して頭が真っ白になる。どうにか泣き出すようなみっともない真似はしなかった。
(どうして・・・)
今の言葉の何がいけなかったのだろうか。
好きだから付き合っているんだろ。
確かに人前だけど、でも個室だ。そんな大声ではないし、ガヤガヤとした店内では誰も聞いていないだろう。
それとも男が頬染めながら告白するのはそんなに嫌か。想いを口にするのはそんなに嫌か。俺の想いは聞くに耐えられないのか。
なら言わない。
俺の愛が、言葉が、嫌われるモノになるのは耐えられない。
そのまま無言で食べる。
デートだって浮かれてたのが一気に冷めた。楽しくもなく息苦しい。早く終われ、早く出ていきたいとそればかり思ってた。
こんなのデートなんかじゃない。
恋人同士でもない。
嫌いな上司と食べる食事と何ら変わりなかった。
◇◇◇
遊郭に戻り、ダラリと外を見上げる。
窓には柵がしており空はとても狭い。夕日に照らされると、まるで赤い檻のようだった。
監獄に閉じ込められて、好きでもない男と肌を合わせる。
そう思ってしまう俺はやはりこの世界には向かないのだろう。こんな世界に入り浸っている彼とも、やはり相反するのだろうか。
好きでないのなら、応えてくれなくても良かったのに。
昨日からずっとそんなことばかり思う。
「ナギ」
呼ばれてそちらを向くと、支給服を着た別の男がたっていた。そして指定された合図を送られる。表部隊の人らしい。
「こんばんは」
近づくと無言で頷いた。
(あれ、この人・・・)
どこかで見たことがある人だった。
連れ立って歩きながら記憶をたどった。里ではなく、任務で一緒だった気がする。
チラリと盗み見ると、頬に大きな火傷のあとがあった。それを見てふと思い出した。
(この人、あの時の・・・)
十年前の任務で護衛としてそばにいた人だった。
あの時は長髪だった髪が、今は坊主となっていたのでガラリと印象が変わっていて分からなかった。
当時もあまり話しておらず、親しくはなかったが、物静かで淡々と仕事を熟す人だった。
まさかこんなところで再会するとは思っていなかった。だが相手は俺のことなど分からないだろう。ヘマをしないように、と思いながら部屋に入った。
「磯ヶ谷中忍が」
座った途端、ボソリと呟いた。
磯ヶ谷中忍。昨日「証拠がある」と言っていた、あの人だ。
明日、五代目にそれを見せると言っていた。
それを見せれば、この事件は進展するはずだと。
「今、意識不明で緊急搬送された」
緊張が走った。
このタイミングで、意識不明。
そんなの誰がどう見たって、口封じに決まってる。
いる。
確実に裏切り者が。
「は、んにんですか・・・」
「分からない。だが、一撃で仕留められている。・・・恐らくかなり腕の立つ奴だろう」
その言葉に、顔を顰めた。
中忍をいとも簡単に仕留められる。上忍レベルだろうか。
そうなると一瞬彼の姿がチラついた。
彼なら。
彼なら一瞬で仕留めることなど可能だろう。
「怪我は・・・?」
「一命は取り留めたと聞いたが。だが、暫く使いモノにならないだろう」
良かった。死んではいないようだ。
ほっと息を吐く。
だけど、ならば証拠は・・・?
楠木中忍が握っていたという、変わった色の犯人の毛髪はどうなったのだろうか。
明日五代目に渡すと言っていたあの証拠は、どうしたのだろうか。
「あのっ」
ドクドクと心臓の音が頭に響く。
「証拠を・・・っ、彼は証拠を持っていたと聞いてますが」
そう言うと、彼は目をスッと細めた。
そして細く鋭い殺気を放った。
「・・・アンタ、うみの中忍だな」
「ーーーっ!?」
懐から苦無を出し、構えた。放たれた殺気から歴然とした力の差を感じた。おそらく彼も上忍だろう。
何よりも正体をバレてしまったのだ。
「・・・いや、すまない。驚いて身構えてしまった。敵ではない。ソレを収めてくれ」
そう言われても警戒は解けなかった。
睨んでいると、困ったように眉を下げられ、両手を上げた。
「今回ここの総括を任されている。どこに誰が配置してあるか、五代目直々に聞いている。うみの中忍は楠木中忍の代わりで昨日から潜伏していると聞いていたのだが、まさかアンタだとは思わなかった。・・・見事だ」
褒められているのだろうか。
だが見破られた以上素直に喜べなかった。
「・・・十年前、一度だけ一緒に任務をしたのだが、覚えているか」
「・・・・・・はい」
「あの時も若干十代半ばで完璧に任務を遂行していて感心していた。あのまま潜伏捜査のスペシャリストになると思っていたが、・・・内勤になったと」
「アカデミーで教員をしています」
「外回りの俺からしてみれば、惜しいな。だが、仕方ないか・・・」
「・・・?」
仕方ないとはどういうことだろうか。
疑問に思っていると懐から火影直下の任務表を見せた。それは確かに総括を担う今回の任務の隊長名だった。
「磯ヶ谷中忍が証拠をつかんだという話は聞いていたのだが、中々持ってこなかった。毛髪としか言わず、俺もどんなものか知らない。取りに行くと催促するとようやく重い腰をあげたと思ったらこのザマだ。証拠品ももちろん無かった」
「そう、ですが・・・」
やはり証拠品は無くなっていた。せめて見せて貰っていたら違っていただろう。そう思うと昨日の行動が悔やまれる。
「アンタのことは昼間に五代目から聞いてたよ。誰にも話さなかった証拠のことをアンタには簡単に喋ったってな。上手いな」
「はぁ・・・」
それは多分違うと思う。別に何かしたわけではないし、ただの報告のはずだ。
「証拠のことは他には誰も知らない。だが、無くなった今、それは恐らく犯人のモノだったのだろう。そこを上手く利用するしかない」
「つまり、無くなった証拠は偽物で、本物はこちらに持っていると情報を流すのですね」
そう言うと賢いなと笑った。
「ただ、証拠品を俺が持っているとなると何故犯人を捕まえないかと疑われてしまう。ただ、アンタなら」
ギロッと目が鈍く光った。
藍色の目の光が鋭く突き刺さるような気がした。
「アンタが持っていることになれば、犯人は奪いに来やすい。一介の遊女でチャクラも感じない。丁度磯ヶ谷中忍と接触もあったしな。未だ証拠品を提出できない理由として、・・・そうだな、足を負傷したことにしよう。信用できる人と接触出来ず未だ証拠品を提出できないことにすれば、説明もつくだろう」
「囮ってことですか」
「誰に頼むか悩んでいたが、アンタなら適任だと思うが、できるか?」
できるか、と問われて。
鋭い目で、試されるように問われて。
ブルリと身震いした。
それは忍としての、歓喜だった。
「やらせてください」
ひどく興奮した声は上擦っていた。
逸る気持ちを抑えようとギュッと服を掴んだが、高鳴る心臓は全身を駆け巡った。
彼は満足げに頷く。
期待されていると思うとそれだけで気持ちが高揚する。
やれる。
やってみせる。
俺がこの手で犯人を捕まえてみせる。
こんなところで遊んでいる彼を、見返しさせてやる。
「誰が裏切り者か全く検討がつかない。だから少しでも不審な動きを感じたらすぐに知らせてくれ。特に明日から急接近してきた奴は要注意だ」
「はい」
恐らく犯人は俺を襲うだろう。
証拠品を奪うため。
磯ヶ谷中忍を襲ったように。
「足を」
そう言われて、何だろうと思いながら足を伸ばすと足首に触れ、懐から包帯を取り出すとクルクル巻いた。成程、これで怪我をしたことになるのか。ならばあまり動けなくなる。
「報告も信用できる者を昼間に送る。この巻物に書いて送ってくれ」
「はい」
巻き終わると、滑るようにそっと足を撫でた。
「細いな」
「変化ですから」
「十年前のことを思い出すよ。幼い顔で頼りなく優しいだけの顔をしていたが、切る時は躊躇なく切り、確に判断して任務を遂行した。あの見事な判断力は鮮やかで今でも鮮明に思い出すよ」
「あ、ありがとうございます」
たった一回、しかもあの大規模な任務の中でそんなに見られていて、褒めてもらえるとは思わなかった。過去こんなに褒められたことない。嬉しくて気恥ずかしくて、真っ赤になりながら鼻をかいた。
するとその様子をみて、葵はフッと笑う。
「その癖はまだあるんだな」
「あ、はぁ・・・」
「今、どんな顔をしてるのだろうな。見れなくて残念だ」
「ただのオッサンですよ。よく生徒に言われます」
「そうか・・・」
ゆっくりと体を離した。
当時三十歳手前と聞いていたから、今は四十歳前なのだろう。顔に渋みがあり、目尻の皺が笑うと一層深くなる。
「俺は葵という。またアンタと一緒に任務ができて楽しみだ」
そう言って葵は目を細めて笑った。
その顔はどこか無邪気で柔らかく、そしてどこか憂いた目をしていた。
どこで見られているか分からないので、指定の場所までナギの姿で、そしてそこからはイルカの姿に戻った。さすが綱手様の術だ。
そのまま報告に向かうと難しい顔をされた。
「なるほどね。どこに間者かいるか分からないから泉に言わなかったのは賢明だったな。その調子でお前の判断で動いていい」
「はい」
「それにしても毛髪か。分析班を呼ばないとな」
これで少しは進展してくれればいいが。
何にしても明日だなと思いつつ、頭を下げ、出ていこうとした。
「あぁ、イルカ。ここ三日は私の仕事としてるから受付とアカデミーは行かなくいいからな」
「あ、ありがとうございます」
「他のことはいいから、今は任務に集中してくれ」
「はい」
「期待してるぞ」
その言葉は重くのしかかったが、それが心地よかった。元々潜伏捜査は得意だった。パッとしない自身の能力の中で数少ない特技を、火影様から期待されていると思うと忍の性が唸る。
部屋を出ると緊張がとけたせいか、ぐぅと小さく腹が鳴った。そういえば急いでいてまだ何も食べていなかった。
夕刻まで休みになったのだ。せっかくなのでどこかで食べようと外に出ると後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにはカカシさんが立っていた。
「カカシ、さん・・・」
彼に外で声をかけられるなんて稀だった。思わず立ち止まり目を見開くと、彼はいつもと変わらない表情で近づいてきた。
「報告?」
「あ、はい。報告終わって昼でも食べに行こうかと」
「そ」
当然のように並ばれ、横を歩き出した。不思議に思い彼を凝視する。
「オレも昼まだたから」
つまり一緒に食べるというのか。
付き合ってから外で一緒に歩くことなんて滅多になく、飯など皆無だったのに。いつも俺の家で食べるばかりで、それだって滅多にない。
付き合う以前だって出会うことすら稀で、一緒に食事など両手で足りるほどだ。
何故今日に限って。
だけど疑惑より、喜びの方が大きく湧き上がってくる。
それはまるで、デートのようで。
普通の恋人のようだった。
隣を歩くだけで浮き足立つとはこういう事か。特に会話は無かったが、それでも嬉しかった。
連れられて来たのはよくある大衆食堂だった。
個室に入るとすぐに口布を下ろした。
「なに食べる?」
メニューを渡される。見なくても来たことがあるので知っていたが、今彼と目を合わせずらかった。
きっと丸分かりなぐらい顔が真っ赤だろう。そんな丸わかりで恥ずかしい顔など見せたくなかった。
注文をすると、お互い無言になる。外の雑音がどこか遠くに聞こえて、世界から隔離された気がした。
何か言わないとと焦れば焦るほど、昨日のことが思い浮かんだ。
昨日から3日間待機なこと。
遊郭に通い、昨日も女を抱いていること。
それを少しでも口に出せば、きっとこの関係は終わるだろう。鬱陶しいと顔を歪め、二度と俺の前には現れなくなる。そんな脆くて崩れやすい関係だ。
俺の口は動かなかった。
愛されてない。
それは嫌という程分かってるのに。
それでもまだ惨めに縋っていたいのかとどこか冷静に思う。そうならなんて愚かなのだ。
それでも、愛しているのだ。
「昨日」
カカシさんは外を見ながら話しかけた。
「え?」
何だろうと顔を上げると、彼冷ややかな目でチラリとこちらを見た。
冷たく静かに、何かを探っている目だ。
「夜、どこに行ってたの?」
そう言われてゾワッと鳥肌が立った。
(なんで・・・)
なんで、急にそんなこと言い出すのだろうか。
まさかバレたのか。あそこで女に化けて任務をしていたことを。
遠目から見ただけで・・・?
(そんな・・・)
そんなこと、ありえるのか。五代目直々の術をいとも簡単に見破れるのか。
それほどまでの実力者なのか。
それはとても大変なことだった。
小さなことでも情報が漏れれば命とりになる。特に身内はバレやすいので細心の注意が必要だった。もしバレた時は相手の記憶を弄らなければならない。
そんな基本的なことをミスするとは。
昔は身内などいなかったから特に苦労することなく熟していたが、恋人ができた途端このザマだ。身内がいなかったからこそ俺は今までやってこれたのか。それぐらいの実力だったのか。
ジワッと手に汗をかいた。
もし、バレていたら。
綱手様に報告しなければならない。そうすれはカカシさんの脳を弄らなければいけなくなる。それは二人の関係を暴露することになり、そうすれば彼との約束を反することになる。
『誰にもオレと付き合っていることを悟らせないで』
それは彼と交際する上で唯一交わした約束だったのに。
「あ、の・・・」
今からでも誤魔化せるだろうか。
相手は里の誉れだ。そう簡単にはいけないかもしれない。
だけど。
黙って俯く俺をどう思ったのか顎をとり、上を向かせた。
彼の顔はひどく冷淡なのに見下ろす目は鋭く射殺されそうだった。恐ろしくで思わず息を呑む。
「家、いなかったデショ?」
「い、え・・・?」
「今朝も居なかったし、任務で泊まりだったの?」
そう言われて、ようやく家にいなかった事だけを疑問に思っているのだと理解した。
勘ぐりすぎた。
焦っているなと心の中で苦笑し、ホッと小さく息を吐くと笑って見せた。
「そうなんですよ。ついでに書庫の整理をさせられて三日間ぐらいかかりそうなんです」
「ふぅん」
頷いたがどこか不服そうだった。
だけどそれ以上何も聞かなかった。
だが、何故そんなことを知っているのだろう。彼は昨日俺と同じくあの遊郭にいたはずだ。
ならば早朝にでも来たのだろうか。
そんなに朝早く用があったのだろうか。
「あ、の・・・。何かありましたか?」
そういうと眉を潜めて怪訝そうな顔をした。
「ナニソレ」
低い声にビクッとなる。
何か変なことを言ってしまっただろうか。だが、考えてみても思い浮かばなかった。
「いえ、あの」
「用がないと行っちゃいけないの?恋人なのに?」
さらっと言われて一瞬何言われたか分からなかった。
「え・・・」と声を出してしまったのは仕方ないだろう。だって今、確かに彼から恋人って・・・。
驚いて目を見開く俺に、益々不満顔になる。
「何その顔。オレたち付き合ってるデショ?」
なんてことないようにさらっと言う。
それは。
それは、俺が一番彼に聞きたかった言葉だった。
「お、れは・・・」
その言葉に、関係に縋り付きたいのは俺だ。彼にとってそれが俺とは違う意味でも、俺にとっては何よりも大事な。
大事な。
じわっと涙ぐんでしまった。
嬉しくてたまらない。どんな意図があろうが、彼は恋人と俺のことを認識してくれているのだ。
「そうだと、思っています」
一人相撲ではなかったのだ。あの言葉は、頷いてくれた事は、確かに彼の意思で、彼の想いだった。
泣きそうな顔で彼を見るとやはりどこか不服そうだった。
「人に悟らせないでって言ったけど、付き合わないとは言ってないし。変な気回さないで」
だったら。
だったら、その理由を教えて欲しい。
俺と付き合うのは人に言えないほど恥なのか。
隠さなきゃいけないほどの人間なのか。
付き合っているというのなら、なんで遊郭に行かなければならないのか。
なぜ、俺には指一本ですら触れないのか。
だけどそんなこと言えやしない。
言った途端待つのは破滅だ。
モヤモヤとしたものは残ったが、それでも彼の口から恋人と言われたことが何よりも体に響き頭いっぱいになる。
少なくとも俺が彼のことを好きなのは伝わっているのだ。それをわかった上で一緒にいてくれるのだ。
「・・・・・・ぃです」
嬉しいです。
小さく呟いた声はきっと届かなかっただろう。彼は何も言わなかった。だけどそれでも良かった。
そこへ料理が運ばれた。
彼は焼き魚定食で俺は唐揚げ定食だった。
彼はよく魚を食べているので魚好きなのかなぁとチラチラ見ながら食べてると、俺の唐揚げをジッと見ていた。
もしかして欲しいのだろうか。
いりますか?と声をかける前に「それ」と指さした。
「前から思ってたけど、肉食べすぎじゃない?家でもそうだし。美味いけど、栄養偏り過ぎ。昼の食堂でも唐揚げとかトンカツとかだし、一楽でも必ずチャーシュー大盛りにするし」
「え、あ、はぁ・・・」
「野菜は大事だよ。忍は体が基本だからちゃんと野菜食べないと」
そう言って自身の小鉢を俺の前に置いた。
「ナルトもそうだけど、本当似た師弟だねぇ。肉の倍は野菜食べないと。あと間食は22時以降は体に悪いから食べちゃダメ。分かった?」
「は、はい・・・」
頷くが、すぐには意味は分かっていなかった。
じわりじわりと後から実感する。
肉食べすぎだって。
まるで恋人というより口うるさい母親のようだった。
それが可笑しくて思わず吹き出す。
あの完璧な里の誉れが口うるさいは母親のようになるとは誰が予想できただろうか。
誰にも無関心で、誰も寄せ付けない彼が。
知らないだけで、本当はとても世話好きで、懐に入れた人は大切にするタイプなのかもしれない。
俺が、知らないだけで。
「何」
ジロッと睨まれて、慌てて真顔になる。
いえ、何もと答えると、唇を少し尖らせた。その姿はどこか子どもっぽくいつもと違って親しみやすかった。いつもある見えない壁が今日はなんだかないような気がした。
「俺、あのっ、カカシさんのことす、好きです・・・っ!」
思い余って勢いで言ってしまった言葉はなんだか陳腐で幼稚だ。それでも思い余って溢れでた言葉は口から出たものはもう引き返せない。
いくら個室だからと言って、こんなこと叫ぶなんて恥ずかしい。かぁぁっと顔が赤くなるのが分かった。
彼は吃驚したように小さく目を見開き、
眉間にシワをよせてギロッと睨んだ。
冷たい目だった。
「そういうの、やめて」
熱が一気に引いていくのが分かった。
大失態をしたのを理解して頭が真っ白になる。どうにか泣き出すようなみっともない真似はしなかった。
(どうして・・・)
今の言葉の何がいけなかったのだろうか。
好きだから付き合っているんだろ。
確かに人前だけど、でも個室だ。そんな大声ではないし、ガヤガヤとした店内では誰も聞いていないだろう。
それとも男が頬染めながら告白するのはそんなに嫌か。想いを口にするのはそんなに嫌か。俺の想いは聞くに耐えられないのか。
なら言わない。
俺の愛が、言葉が、嫌われるモノになるのは耐えられない。
そのまま無言で食べる。
デートだって浮かれてたのが一気に冷めた。楽しくもなく息苦しい。早く終われ、早く出ていきたいとそればかり思ってた。
こんなのデートなんかじゃない。
恋人同士でもない。
嫌いな上司と食べる食事と何ら変わりなかった。
◇◇◇
遊郭に戻り、ダラリと外を見上げる。
窓には柵がしており空はとても狭い。夕日に照らされると、まるで赤い檻のようだった。
監獄に閉じ込められて、好きでもない男と肌を合わせる。
そう思ってしまう俺はやはりこの世界には向かないのだろう。こんな世界に入り浸っている彼とも、やはり相反するのだろうか。
好きでないのなら、応えてくれなくても良かったのに。
昨日からずっとそんなことばかり思う。
「ナギ」
呼ばれてそちらを向くと、支給服を着た別の男がたっていた。そして指定された合図を送られる。表部隊の人らしい。
「こんばんは」
近づくと無言で頷いた。
(あれ、この人・・・)
どこかで見たことがある人だった。
連れ立って歩きながら記憶をたどった。里ではなく、任務で一緒だった気がする。
チラリと盗み見ると、頬に大きな火傷のあとがあった。それを見てふと思い出した。
(この人、あの時の・・・)
十年前の任務で護衛としてそばにいた人だった。
あの時は長髪だった髪が、今は坊主となっていたのでガラリと印象が変わっていて分からなかった。
当時もあまり話しておらず、親しくはなかったが、物静かで淡々と仕事を熟す人だった。
まさかこんなところで再会するとは思っていなかった。だが相手は俺のことなど分からないだろう。ヘマをしないように、と思いながら部屋に入った。
「磯ヶ谷中忍が」
座った途端、ボソリと呟いた。
磯ヶ谷中忍。昨日「証拠がある」と言っていた、あの人だ。
明日、五代目にそれを見せると言っていた。
それを見せれば、この事件は進展するはずだと。
「今、意識不明で緊急搬送された」
緊張が走った。
このタイミングで、意識不明。
そんなの誰がどう見たって、口封じに決まってる。
いる。
確実に裏切り者が。
「は、んにんですか・・・」
「分からない。だが、一撃で仕留められている。・・・恐らくかなり腕の立つ奴だろう」
その言葉に、顔を顰めた。
中忍をいとも簡単に仕留められる。上忍レベルだろうか。
そうなると一瞬彼の姿がチラついた。
彼なら。
彼なら一瞬で仕留めることなど可能だろう。
「怪我は・・・?」
「一命は取り留めたと聞いたが。だが、暫く使いモノにならないだろう」
良かった。死んではいないようだ。
ほっと息を吐く。
だけど、ならば証拠は・・・?
楠木中忍が握っていたという、変わった色の犯人の毛髪はどうなったのだろうか。
明日五代目に渡すと言っていたあの証拠は、どうしたのだろうか。
「あのっ」
ドクドクと心臓の音が頭に響く。
「証拠を・・・っ、彼は証拠を持っていたと聞いてますが」
そう言うと、彼は目をスッと細めた。
そして細く鋭い殺気を放った。
「・・・アンタ、うみの中忍だな」
「ーーーっ!?」
懐から苦無を出し、構えた。放たれた殺気から歴然とした力の差を感じた。おそらく彼も上忍だろう。
何よりも正体をバレてしまったのだ。
「・・・いや、すまない。驚いて身構えてしまった。敵ではない。ソレを収めてくれ」
そう言われても警戒は解けなかった。
睨んでいると、困ったように眉を下げられ、両手を上げた。
「今回ここの総括を任されている。どこに誰が配置してあるか、五代目直々に聞いている。うみの中忍は楠木中忍の代わりで昨日から潜伏していると聞いていたのだが、まさかアンタだとは思わなかった。・・・見事だ」
褒められているのだろうか。
だが見破られた以上素直に喜べなかった。
「・・・十年前、一度だけ一緒に任務をしたのだが、覚えているか」
「・・・・・・はい」
「あの時も若干十代半ばで完璧に任務を遂行していて感心していた。あのまま潜伏捜査のスペシャリストになると思っていたが、・・・内勤になったと」
「アカデミーで教員をしています」
「外回りの俺からしてみれば、惜しいな。だが、仕方ないか・・・」
「・・・?」
仕方ないとはどういうことだろうか。
疑問に思っていると懐から火影直下の任務表を見せた。それは確かに総括を担う今回の任務の隊長名だった。
「磯ヶ谷中忍が証拠をつかんだという話は聞いていたのだが、中々持ってこなかった。毛髪としか言わず、俺もどんなものか知らない。取りに行くと催促するとようやく重い腰をあげたと思ったらこのザマだ。証拠品ももちろん無かった」
「そう、ですが・・・」
やはり証拠品は無くなっていた。せめて見せて貰っていたら違っていただろう。そう思うと昨日の行動が悔やまれる。
「アンタのことは昼間に五代目から聞いてたよ。誰にも話さなかった証拠のことをアンタには簡単に喋ったってな。上手いな」
「はぁ・・・」
それは多分違うと思う。別に何かしたわけではないし、ただの報告のはずだ。
「証拠のことは他には誰も知らない。だが、無くなった今、それは恐らく犯人のモノだったのだろう。そこを上手く利用するしかない」
「つまり、無くなった証拠は偽物で、本物はこちらに持っていると情報を流すのですね」
そう言うと賢いなと笑った。
「ただ、証拠品を俺が持っているとなると何故犯人を捕まえないかと疑われてしまう。ただ、アンタなら」
ギロッと目が鈍く光った。
藍色の目の光が鋭く突き刺さるような気がした。
「アンタが持っていることになれば、犯人は奪いに来やすい。一介の遊女でチャクラも感じない。丁度磯ヶ谷中忍と接触もあったしな。未だ証拠品を提出できない理由として、・・・そうだな、足を負傷したことにしよう。信用できる人と接触出来ず未だ証拠品を提出できないことにすれば、説明もつくだろう」
「囮ってことですか」
「誰に頼むか悩んでいたが、アンタなら適任だと思うが、できるか?」
できるか、と問われて。
鋭い目で、試されるように問われて。
ブルリと身震いした。
それは忍としての、歓喜だった。
「やらせてください」
ひどく興奮した声は上擦っていた。
逸る気持ちを抑えようとギュッと服を掴んだが、高鳴る心臓は全身を駆け巡った。
彼は満足げに頷く。
期待されていると思うとそれだけで気持ちが高揚する。
やれる。
やってみせる。
俺がこの手で犯人を捕まえてみせる。
こんなところで遊んでいる彼を、見返しさせてやる。
「誰が裏切り者か全く検討がつかない。だから少しでも不審な動きを感じたらすぐに知らせてくれ。特に明日から急接近してきた奴は要注意だ」
「はい」
恐らく犯人は俺を襲うだろう。
証拠品を奪うため。
磯ヶ谷中忍を襲ったように。
「足を」
そう言われて、何だろうと思いながら足を伸ばすと足首に触れ、懐から包帯を取り出すとクルクル巻いた。成程、これで怪我をしたことになるのか。ならばあまり動けなくなる。
「報告も信用できる者を昼間に送る。この巻物に書いて送ってくれ」
「はい」
巻き終わると、滑るようにそっと足を撫でた。
「細いな」
「変化ですから」
「十年前のことを思い出すよ。幼い顔で頼りなく優しいだけの顔をしていたが、切る時は躊躇なく切り、確に判断して任務を遂行した。あの見事な判断力は鮮やかで今でも鮮明に思い出すよ」
「あ、ありがとうございます」
たった一回、しかもあの大規模な任務の中でそんなに見られていて、褒めてもらえるとは思わなかった。過去こんなに褒められたことない。嬉しくて気恥ずかしくて、真っ赤になりながら鼻をかいた。
するとその様子をみて、葵はフッと笑う。
「その癖はまだあるんだな」
「あ、はぁ・・・」
「今、どんな顔をしてるのだろうな。見れなくて残念だ」
「ただのオッサンですよ。よく生徒に言われます」
「そうか・・・」
ゆっくりと体を離した。
当時三十歳手前と聞いていたから、今は四十歳前なのだろう。顔に渋みがあり、目尻の皺が笑うと一層深くなる。
「俺は葵という。またアンタと一緒に任務ができて楽しみだ」
そう言って葵は目を細めて笑った。
その顔はどこか無邪気で柔らかく、そしてどこか憂いた目をしていた。
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